最近はめっきり放課後活動が盛んでなく、古いネタですみませんが、一年以上前の、これもほんとの話です。
現実よりもより現実らしい事実のエイリアスを造り出す現代のノンフィクション。仮想された現実というこの矛盾。しかしそれはその夢と現(うつつ)の交錯する現代社会そのものを表わしているにすぎません。
その日私は久しぶりにKing's2バーのカウンターで飲んでいた。Kという知り合いと飲む約束をしていたのである。その日は恵理子(註2)という娘も来ることになっていた。恵理子はK氏がつきあっている(らしい)女性であり、今はこの界隈での稼業から足を洗って、いつまで続くかわからないが簡易秘書学校に通っているらしい。
一人で座っている筆者の横にいつの間にか良子が座っていた。良子(註2)はこの店で働く娘である。
「今日こそは一緒に連れてって頂戴」
「吾輩は人を待っているところであるので当然今日もだめ。」
「え〜 いいでしょう。」
とせまる良子。いつもの平和なバーの姿がそこにあった。
と、そのとき突然一人のウエイトレスが彼女の横にきて難しそうな顔でなにやら耳打ちした。首を横に振る良子。どうやらむこうに座っている客が呼んでいるらしい。
「お客様が呼んでいるのでしょ。行きなさい」
「いや。あの人好かない。」
顔をしかめてかぶりをふる。ちょっとはっきりしすぎだな。昔はこんな教育していなかったんだけどな。ちゃんとお客様のところにいって挨拶ぐらいして「今日は彼氏が来ててだめなの。こわいのよ。」ぐらいの礼儀があったんだが。この辺が通のひとに「Patpongは堕落した」と言われる由縁だな。でもこの娘はそんなぞんざいな子じゃなかったと思うんだが。
ふと肩に手を置く人がいる。振りかえるとウエイトレスのりえ(註2)であった。何やら意味ありげに微笑んでいる。彼女がこの間酔っ払って私にくだをまいたことにこだわっているのであろうか。そんなのどうでもいいんだが。
「いいよ」
私は考える前にそう言っていた。何にどう答えたことになるのかわからないが、再び微笑んでりえは去っていった。私はまたグラスに手を伸ばそうとした。と、突然左の方で、
「Do you speak Japanese?」
という声がした。そちらを向くと日本人らしき中年の男が座っていた。
「話しますけど...」
見た感じは45才ぐらいの役人かサラリーマンというところである。さっき良子を呼んだのはこの人だなとピンと来た。
「隣に座っている娘...」
「はい」
やっぱり良子のことらしい。
「昨日ビデオカメラ盗られたんです。それと2千バーツ..かな。それで今日は話をつけに来たんです。連れ出す約束したんですか?」
「おーでたか」という感じ。面倒に巻込まれたくないな〜。でも良子がそんなことするかな。やっぱりするのかな〜。でもなんか変だなこの人。
「あ.. いやしてませんが、で、昨日はどこに行ったんです?」
「いや私の泊まってるホテルへ。」
「いつなくなったのに気付いたんですか。」
「部屋についた時です。」
なんだか要領を得ない。
「一晩ずっと一緒にいましたか?」
「いえ...まさか...」
まさかってことはないだろうに、と思いながら観察する。がっしりした中背。上着なしのスーツ姿からネクタイだけはずしたような白いシャツと地味なズボン。あばたのある四角い大きめの顔と銀縁の眼鏡の向こうに細い目、酔っているせいか心なしか赤い。どうも役人ぽい。ちょっと神経質な上にしつこそうでこれでは娘達には好かれないだろう。
「ママさんに言いました?、ツーリストポリスに行きましたか?」
「はっ? ああ警察? いや証拠がないもんですから。」
この娘1年ぐらい知ってますけど、そんなことするような娘じゃないと思いますけど、と言いそうになるが、それほど信用できる娘達ではない。言えるのは少なくとも単純に考えて足がつきそうなことはしないということと、嫌われたくない客にはしないということである。それに警察や留置所は結構恐い。枕泥棒する娘達だってけっしてそれが彼女達の本業ではない。..はずだ。いつもやるわけでない。...と思う。
「それは不注意でしたね。」
予想外だったのであろうか。一瞬間が開いた。しかし頭の悪い人ではないようだ。この一言で私の言いたいことがすべて伝わったようである。
「いや。まったくです。」
立ち直ったようである。
「お仕事ですか?」
「いえ半分遊びで。」
右側を向いて良子に尋ねる。
「いったいどうしたの?」
「このひと昨日ひどく酔っ払っていて、よくなかったの。」
いずれも要領を得ない。
左側の彼氏が何か彼女に話し掛けようとするが何も言葉が出ない。
険悪になりそうな雰囲気に、筆者はタイ語で言った。
「まってくれ吾輩は関係ない。酒がまずくなるから巻き込まないでくれ。」(美味しい酒を飲みにここにくる奴がいるだろうか?)
中年氏に、娘とやっているうちはいいが店も巻き込んでゴネルと危険も伴う可能性もある旨アドバイスした。さらに二言三言かわして彼は自分の席に戻っていった。
私の想像するにおそらく部屋に着いたときか、娘が帰るときビデオカメラがないことに気がついたのであろう。2千バーツというのは、彼女にむりやりチップをとられた(自分はやるつもりがなかった)か、酔っ払っているときにどこかの女達にむしりとられたかして自分の思ったより財布の中身が少なかったのではないか。しかしこれはあくまでも想像である。
確かなことはそのあと彼女ともめたに違いないことである。彼女達が遭遇するトラブルの多くはこういうパターンである、なんかの誤解や一寸した彼女達の無礼(これは確かにある)が発端になって、男が文句を言うが女はわからない。女は「何いってるのこの人」という顔でみる。まさにそのとおりだから仕方がない。すると男は馬鹿にされたような気がしてさらに怒る。ファランの客の場合これが多いように観察する。彼女達がファランを嫌うのは乱暴なためもあるがこのためでもある。(と断言はできないが。)
いずれにしてもこういう揉めごとを起こす客は彼女達を人間あつかいしていない者が多い。あるいは言葉が通じない状況でのコミュニケーション法がとっさに開発できずに、適応不全を起こして苛立ってしまう者である。笑われるかもしれないが、職業に貴賤はないし(もちろん正確には、ついている仕事によってその個人個人の貴賤はさだまらない、とでもなろうか。)、また愚かであることや無知なことでその人が馬鹿にされていいことにはならないだろう。反省すべきは、やたら威張ることや、人を馬鹿にすることであろう。こういう度量の小ささは彼女達にも見抜かれてしまう。とはいうもののそういう男達に対する彼女達の表現は結局一種独特の"ニサイ・マイ・ディー"でしかなく、他のどの気に入らない人間に対する表現とも区別付きがたいのであるが。
いずれにせよ何か中年氏も、あきらめてはいるがもう一度話をして見ようということで来ただけの雰囲気もある。あまり真剣に追求しようという風ではない。おそらく自分もあまり自信がないのであろう。今は不機嫌そうな顔をして座っている。
飛び込みセールスとか接待とかやっていても、いやなお客様にあうことはあるが、彼女たちのような商売でいやな客に会うのはやはりいやなものであろう。この点だけは同情する私である。
恵理子が人をかき分けて来た。耳のピアスの穴が塞がってしまっていたのであけなおしてもらいにいっていたのという。
「お客さんが一杯であなたたちの姿が見えなかったので、他のお店まで見に行っちゃった。」
「あなたたちって、Kさん来てないよ。穴開いたの?」
見るとやはりまだピアスはしていない。もちろん開けたからといってすぐにピアスはできないだろう。
「まだできないの。」
スツールに腰をおろし、カウンターに乗り出すようにコークハイを注文しながら彼女はそう言った。ショートの艶のある髪がゆれ、細い背中が可憐だ。こんな彼女のいるK氏をうらやましいとも思う気持ちを反省する。
「ちょっと彼女、お客さんともめたみたいなんだ。お金を盗んだとかなんとか。」
良子を指して言うと恵理子は何も答えず、気のせいか微かに、なにか自分の過去に触れられたかのような顔をした。
相変わらず仏頂面をして座っているくだんの中年氏。このままではみんな面白くない。
「ちょっと話してくる。」
壁際の席の中年氏の隣に座った。彼が先に口を開いた、
「彼女認めましたか?」
そんな馬鹿なことあるわけない。
「いいえ。」
「やっぱりね。... タイ語話せるんですか?」
「少しは。話せないと仕事にならんです。」
「いいですね。言葉が通じなくてはね。」
昨夜を思い返しているようであった。わかっているようである。
「どうしても気がすまなかったら、もう一度通りの入り口にツーリスト・ポリスに行ってみたらどうですか。」
「でも証拠も無いですしね。」
「2千バーツと...、ビデオは20万円ぐらいですか?」
「ちょうどそんなもんですね。まあ不注意ですからしょうがないです。」
「まあ遊びに使ったと思って忘れたほうがいいですね。せっかく遠くまでいらして、いつまでもいやな思いをしていてもつまりませんから楽しくやってくださいよ。私なんかその何倍もこの辺で使ってますよ。この辺りにも中には結構人の良い娘もいるんですけどね。彼女達も人間だし商売だから、いちげんのお客さんにはあまり先の気を使いませんし、くれぐれも油断しないようにしたほうがいいですよ。これにこりずに楽しくやって、また来てください。」
「そうですね。でもエイズになったりして。」
最後の言葉は私に投げかけたようでもあった。そのとき「なにをお門違いな」と思いつつ私がふと気づいたのは、彼が、馬鹿にされたような面白くない気持ちと同時に、少なからず一種の嫉妬とでもいうような気持ちを抱いていたらしいということである。つまるところ良子が筆者にくっつていているのが面白くなかったのかもしれない。状況と自分の立場がどんなであろうと、気に入っている娘が他の男性にくっついていくのは面白くないものである。もしかすると盗られたうんぬんの話も私が良子を連れ出すことに対する牽制の作り話かもしれない。
こんなシチュエーション(場所と相手を考えれば)で理屈からいえば非常に可笑しいことなのだが、本能に近いものなのであろうか、こういう場合でも人は嫉妬というか馬鹿にされたような気持ちがするのを防げないように思う。自分で苦笑できる人間は強いが、こういう非論理的な嫉妬のケースでは弱い人間は他人に指摘されるとかえって逆上してしまいやすいかもしれない。
だいたい嫉妬がらみの刃傷沙汰が世間に知れるとき、大抵はどうしてこんな男や女に(失礼!)というケースが多い。権威の失墜は相手がたいした事ない(と思える)ほど怒りが込み上げるものだからであろう。普段から人を馬鹿にするような人は、馬鹿にしている人から馬鹿にされるとよりひどく馬鹿にされた気がするのである。わかりやすく乱暴に言うと、ブスに振られたときの憤りみたいなものである。もしよしんば彼が霞ヶ関の失意のキャリアであれば、こんなところで場末の女にあしらわれてはプライドが理性を失わせることもあるだろう。
私は自分の席に戻った。
「P.C.に行かない?」
恵理子がかつて自分が働いていたバーの名前を言った。友達が働いているのである。K氏はまだ来ない。
「Kさんは待たなくていいの?」
「いいのよ、来たらあっちへ行ったといっといてちょうだいね。」
これだよ。
「吾輩は行かない。一人で飲みたい気分だ.」
「私行っていい?」
「どうぞ。」
恵理子はまた人をかき分けながら出ていった。
見るとくだんの中年氏も出て行くところであった。
「彼女が帰ったのに一緒に出てくれないの?」
すかさず良子が戻ってきた。
「彼女ではない、だ〜め。」
K氏はまだ来ない。
とにかく騒ぎにならなくて良かった。
ファランの客がからんで騒ぎになったのを何度か目撃したことがある。女の子同士の喧嘩で騒ぎになることもある。飲んでいてグラスの割れる音や乱暴な声を聞くのは興ざめなものである。(註3)
真相はやぶの中だが、とりあえずバーに平和が帰ってきた。
これでゆっくり飲める。
-了-
A-GO-GO 平和維持団(註4)
(註1)P横丁:もちろんPatpong streetのことです。「CHANNEL 2」にも「P横丁」という名前の会議室があります。さらに、もちろん「プー横丁の家」という名前の歌にかけてあります。(記憶が確かじゃないですが、こういう名前でしたよね。)「ロギンス&メッシーナ」なんて歌い手覚えてます? (でしたよね。...最近こればっか。CSN&Yはどうですか?)
(註2) 恵理子、良子、りえ:もちろんすべてタイ人です。良子は坂口良子(カティサークのカレンダー覚えてます?ふる〜い!)に、りえは宮沢りえに似ているという理由で私がつけただけです。恵理子はそんな感じだから。同名のかたがいたらすみません。どうもカタカナでトンとかサオとか書いても雰囲気が出ないんですなあ。でもカラオケのホステスさんから日本語の源氏名言われた時はそれはそれで結構違和感!ですが。
(註3)興ざめ:喧嘩で水着のまま女性同士が平手打ちとかつかみ合いとかを始めると、一瞬で酔いが醒め「俺はこんなところ(失礼!)で何やっているのだろう」という自己嫌悪に陥ります。
(註4)A-GO-GO 平和維持団:もちろんこれも前回のクーデターの時にスントーン司令官の率いたチームNPKC(National Peace Keeping Council)にかけたものです。スントーンさんはみこしに載っただけで、もちろんバックは陸軍の一段階若手のグループ。(スチンダ大将も2年ぐらい前にゴルフ場の日本語のパンフレットに理事として見かけましたが。...そういえばチャムロン元将軍もすっかり地盤沈下。警察のセリー将軍にしてもミスタークリーンといっても、ちょっと日本人の感覚とは違うところがありますなあ。.....なんの話でしたっけ。)